佐々木豊さんと松井冬子さんの対談が面白かったので他のアーティストのも読んでみたら
思いがけずなぜ成功して行ったかという話がでていたのでご紹介。
やなぎみわさんはいわずと知れた有名アーティスト。彼女が
大学卒業後作家活動をやめて学校教師をしていた時の話。

対談
やなぎ:それでなんとか生活はしてたんですが、「制作をやめた」ということに罪の意識があって。かといって、もう一回工芸も増殖アートもやる気にはならない。完全に道を見失った感じで、このままやめるかなという感じがしましたね。ただ、やめるんだったら、最後に一つ展覧会をしてやめようと思い、貸し画廊にお金を払って予約したんです。何のプランもないのに。佐々木:それは賢明だった。そこに、エレベーターガールのイメージがぽんと出てきたわけ?
やなぎ:ええ。でも、どうしていいかわからない。結局、画廊に二人エレベーターガールを連れてきちゃったんです。
佐々木:それだけが、作品の展示の内容?
やなぎ:そうです。あと、女性の持ち物を写したライトボックスを並べましたけれど。今考えたら、よくそんなことしたと思います。
佐々木:生身を作品にするというのはさぞ苦労したでしょう。
やなぎ:ええ、その時は予想外の事も起こるし、かなり懲りたんです。物好きな美術館の方が、「これ、美術館でもやって欲しい」って言ってきたんです。
という対談の一部です。
対談を読んで
このことから言えるのはただひとつ発表しないと何も起こらない。そうです。何もね。
才能が。。。作品に悩んで。。。作品制作は悩んで当然のことです。方向性や自分が何を世間にだしていくのか。どのような手法を使うのかなど。
やめてしまったらそこで終了!
活動をしたいというほんの少しの気持ちでもあるのなら展覧会を開催すべきです。
どこで何が起きるかはわかりません。何も起きないかもしれません。
しかし
彼女のようにお金を払って会場を抑えてプランがなくても開催してしまおうという原動力。
それは単に活動したい。という気持ちが。心残りがあったからの行動でしょう。
最後が最初の一歩になることは必ずあります。
作品の構想を練るのに迷うのはいい。でも作品の発表に迷っている間にすべて終わってしまわないように。
すべてのこれからのアーティストに向けてのメッセージではないでしょうか。
やなぎみわ
神戸市生まれ。京都市立芸術大学美術研究科修了。写真やCG、ビデオを駆使しながら、女性をモチーフにしたユニークな作品で国際的な活躍を続けている。1993年より商業施設とエレベーターガールをモチーフにした作品を制作し、数多くの国内外展覧会に参加。2000年より、若い女性が自らの半世紀後の姿を演じる写真作品「マイ・グランドマザーズ」、実際の高齢の女性達が古い記憶の中の祖母について語る、ビデオインスタレーション「グランドドーターズ」などを制作。2004年、グッゲンハイム美術館(ドイツ)をはじめ、国内では丸亀猪熊弦一郎現代美術館(香川)など巡回個展を開催。2005年、原美術館で「無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語」を開催など。
http://www.yanagimiwa.net/
佐々木豊
1935年(昭和10年)名古屋市に生まれ。
愛知県立旭が丘高校美術科、東京芸術大学油画科、同専攻科卒業。1992年、第15回東郷青児賞を受賞。国画会会員、講談社フェーマススクールズアドバイザー。主な著書に「浮気な女たち」「構図と色彩」「はじめてのクロッキー」、「絵に描けなかった絵の話」・「泥棒美術学校」・「画風泥棒」・・そしてこの対談も収録されている待望の最新刊「プロ美術家になる!」が 2008年4月に刊行。(芸術新聞社刊)「佐々木豊画集-悦楽と不安と-」(求龍堂)など多数。
興味が沸いた方はこちら
Round About 第20回やなぎみわVS佐々木豊
http://www.gei-shin.co.jp/comunity/04/20.html
プロ美術家になる! 泥棒美術学校《実践編》
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先日の僕の眼科医の話からここまで発展して、それが誰かに役立ってくれたら光栄です。
ってか、それどころじゃなく自分も頑張らなきゃ(汗)。
佐々木豊さんが松井さんに対する口調と全く違うのも興味深いですね。